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特集記事アーカイヴ Issue 2002.07-08

語りかける声

text: ハスラー・アキラ Akira the Hustler

1

仕事を終えて行ったクラブで、ミラーボールはキラキラまわっていて、DJも調子が良くってそれはそれは楽しい夜に、ふと気がつくと車椅子に乗った女の子がステージに向かっていくのが見えた。

ステージではドラァグクイーン達が楽しげに踊っていた。すると、クイーンの一人が、その車椅子の女の子に気がついて、急にその子の顔の位置までしゃがみ込んだ。「あれ? なにするんだろ」と思っていると、彼女はその子だけのためにリップシンクでショーを始めたのだ。満面の笑顔で。

きっと酔っぱらっているだろうから、酒臭いだろなあ、あの女の子も・・・なんて思いながら、あいつはいい奴だ! とぼくはそのクイーンがまた一つ好きになったのを覚えている。

2

ドラァグクイーンの口パクの芸が好きだ。

自分の好きな往年の歌姫達の声に合わせて、まるで一時その唄や声が自分のものであるかのように口を開いたり、時には奇妙に歪めたりして歌ったり踊ったりするのがこの「芸能」だ。

シャーリー・バッシーやジュディ・ガーランド、バーブラ・ストライザンドにライザ・ミネリ。ちあきなおみや美空ひばり。

この口パク、上手い人もいれば下手な人もいるんだけど、ぼくはその技術云々も勿論のことなんだけど、その大きく開かれた口や表情から見え隠れする、その人自身の声を聞いてみようとするのが好きだ。

いろんな言葉が見えて、そうして聞こえてくる。そして、観ているぼくと口を開く彼/彼女とホントに歌ってる歌手とのチャンネルが上手に合わさった時聞こえてくるのは、こういう言葉だったりする。

「わたしをみて」
「わたしはいきている」
ぼく、これを聴くのが好きなんだ。

3

ぼくはあまり詩人が好きではない。

なんてことを言うと、誤解を受けちゃいそうなんだけど、うーん。ホントのところをいうと好きなんだけど、自分が詩人であると胸を張っちゃえるような類の人のことをあまり初対面で好きにはなれない。そういう人の言葉は言葉が言葉のじゃまをする。

本当に語りかける言葉を持つ人は、自分のことを詩人だなんて露ほども思っちゃいないような気がする。本当の詩は、毎晩精液にまみれて、いつだって泣きっ面に蜂、の風俗嬢や、3回も折れたヒールを直して出番に駆けつけたステージの上の女装の芸人や、五十にして初めてケツをやられる喜びになんだか寝付くことの出来ない薄ら禿げたオッサンや、戦争の去った荒れた空き地で新しい遊びを発明した子供らや、隅田川や、排気ガスにまみれながらも今年も緑の葉を茂らせた東京の銀杏の木々の中にある。

4

セックスの時に人があげる声のことを考える。

ぼくは、AVがあまり好きになれない。高校に通ってる(ほとんどさぼってたけど)時に友達の家に遊びに行って、そこで初めて観たビデオの中の女の子が、どう見たって気持ちよさそうじゃなかったからだ。苦悶しているようにしか見えなかったからだ。

今では、AVの中にも、結構面白いものがたくさんあることを知っているし(笛吹いたり。ああ!黒木香様!)、ゲイのビデオの中には、オラオラオラオラと野郎を演じるその最中にふと照れくさそうな笑顔を垣間見せるものなんかもあったりして、そういうビデオはぼくも大好きだ。

けれど、そうはいってもやっぱり、あの画一的な苦悶の表情と泣いているようにしか聞こえない喘ぎ声や、ゲイもののビデオに見られる通り一辺倒な「体育会もしくは軍隊における先輩・後輩プレイ」の「オラ、オラ、気持ちいいんだろ、オラ」には思わずビデオの電源を切ってしまう自分もいたりする。たまには良いけどね。

ぼくが好きなのは、それが演技であろうと無かろうと、その時やってるセックスが、その人の「サガ」や「アジ」や「ナサケ」によってリアルに変形させられた時の声や仕草や溜息や表情をそこに見ることだ。相手の腰の動きに思わず声も出せずに見つめ返す視線や、握ったシーツや、零れるはにかみ笑いを見ることだ。苦しさと気持ちよさを両天秤に掛けて行ったり来たりする気持ちについていけなくて戸惑う表情をそこに見ることだ。

うん。そして、それは現実のセックスにおいても、ぼくにはあまり変わらない欲望だったりもする。

ぼく、あなたの声が聞きたいです。

5

一時つきあった恋人が云った。「ぼくは沈黙が怖い。だから電話はあまり好きじゃない」

何となく予感はしたが、まもなくしてその恋は終わった。

沈黙が怖いのは、相手の息づかいや行間(喋り言葉にも行間ってあるんだっけ? )に、無言の声の表情に、言葉が感じられなくなるからだ。発する音のないメッセージに周波数を合わせられない自分がいることが怖いんだ。

6 

電車の中で大声を出す人が好きじゃない。

そもそも大声が好きじゃない。黙ってろってんじゃない。も少し音量を下げてくれってんだ。

電車の中の聞こえるか聞こえないか、くらいの声で話される会話が好きだ。べつに盗み聞きがしたい訳じゃないよ。この動く合金の箱の中で、いくつの会話がポッと咲きポッと咲きしてるかなんてえコトに思いを馳せるのが好きなんだ。

7

おーい。(小声で)

8

昔から世界は声――情報に溢れてるもんだと思ってた。

それらと時には会話しながら議論しながら無視しながら生きてきた。

あ、あれだ。いとこのお姉ちゃんの部屋で小学生の時に聴かされた荒井由実だ。「眼に映るすべてのことはメッセージ」あれに感化された小学生だったんだ、ぼく。

そんな情報や声の海をぼくはサーフィンしてるんだとずっと思ってきた。でも、ここ最近東京で生きてると、波乗りもなかなかしんどいもんだと思うようになってきた。足を取られないように気を遣いすぎて、肝心の声を聞き逃すこと多々あり。

で、ある日読んだ本の中に、東京には「沈んでしまう」方が気持ちの良い生き方があるってのに出会って、こわごわ、そういうのもありかと思って、沈んでみた。案外、気持ちが良かった。

なんだか中途半端に古くて切ない、何度も何度も壊れては再生してきて、それでも今はあんまし元気のない東京の知らなかった声が聞こえてきたりした。「情報の海」を東京で波乗りしていたのでは聞こえてこない声が聞こえてくるような気がした。厭世的なのでは必ずしもない、「海」の中に沈んでしまう時間の中に、他の土地に住む人々に是非とも聴かせてあげたい囁くような物語がある。

9

先週ベルリンに仕事で旅行してきた。たのしかった。なんだか活気が静かに溢れていた。

でも、人に「ベルリンに行って来たよ」なんて云うと、時にこんな答えが返ってきたりする。「あの壁が壊れるか壊れないかって時の混沌とした雰囲気が良かったんだよねー」

でもぼくは、そんなのは寝言だと思う。そういった、遠いところから呟かれる御託や薄っぺらいロマンティシズムとは別の所で、人はその人の生きる街で、成るようになれと思い、成らないものも時には成れ!と願いながら、ブツブツゴソゴソ生きてるんだと思うんだ。そう、「混沌」とは別の所でベルリンはちゃんと息づいていましたよ。行って良かった。

小さい時に一日だけベルリンに行ったことがあった。でも、ぼくの記憶ではそれはモノクロだったんだ。景色からも、確かに聴いた人々の声からも色彩は飛んでしまっていた。小さい時に住んでたほかの土地のコトならば、みんなカラーで再生できるのに。

でも、今回10日間を過ごしてみて、そこには見事に色が戻ってた。それって、ほんとに嬉しい体験だったなあ。

いろはにほへとちりぬるを。・・・とはいえ、最初からない色は散ることさえできやしない。

10

ぼくの住んでるマンションは11階建てで、最上階に住んでるので窓からは街の景色がよく見える。

で、その中で、ぼくのお気に入りの景色はアパートやビルの狭間に隠れて、ちょこっとだけ見えるファミリーマートの光る看板だ。それは、昼の明るい間はあんまり見えないのだけれど、夜になると緑と青と白の光の中に小さく「ファミリー」の文字だけが影絵のような街の中に浮かび上がるのが見えるんだ。

そこになんだか優しい言葉を聞きつけるなんて、どう考えてもぼくの勝手な思いこみなんだけど、それでも、そこはぼくの行きつけのコンビニで、そこのおばちゃんは神田の生まれのチャキチャキの江戸っ子で、だからかどうかは知らないけれど、やたらと早起きで、その光に誘われて朝の4時に何とはなしに買い物に行ったら、いつもの笑顔で「お早うさーん」なんて云って笑っていたりする。

でも月の半分は宵っ張りになるものの、残りの半分は太陽の下の住人になってしまうものでそんなバカに早い早朝なのか夜なのか判らない時間には寝てしまってることもあるわけだ。

それでも、ぼくが寝ている時には起きている人々がいて、光る看板がある。ぼくが起き出す頃には、寝床に入って看板は街の風景に同化する。そういうなんだかリレーのような、長く連れ添った友達との間柄のような、この関係が好きだ。

起きてる者と眠る者。光と影。語りかける声とちいさな寝息。

こうやって静かに紡がれていく時間が、ぼくにはとてもいとおしかったりするんだ。


Akira the Hustler ハスラー・アキラ

1969年 東京生まれ。 売春夫/アーティスト/ドラァグクイーン'00、'01年に個展(東京/オオタファインアーツ)、ゲームオーバー展、アート一日小学校展(東京/ワタリウム美術館)、カメレオン・ドリーム展(シカゴ/ジュリアフリードマンギャラリー)、どないやねん展(パリ/国立美術学校)、イン・トランジット(ベルリン/世界文化館)。著書に「売男日記」「ザ・ローズ・ブック」(イッシ・プレス 03-3470-4272)。毎奇数月の第四土曜日に交歓のパーティ「ジューシィー!」にてショウをやってます。恵比寿「みるく」にて。


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